今回の旅でいちばん楽しみにしていたことは、ランタオ島にあるトラピスト修道院(煕篤會神樂院)へ行くこと。愉景灣(ディスカバリーベイ)もしくは梅窩(ムイオー)からひたすら歩かねばたどり着けないという場所的にも別天地。そこは人工的な音の一切しない、穏やかなれど凛とした空気の流れる場所でした。
なぜこの場所を訪れる気になったかというと、ここで製造販売されているというトラピストクッキーが欲しかったから…。きっかけはやっぱり食欲です。すみません…。

ディスカバリーベイからスタートし、友と二人、眼下に見える海や、山の緑、有機野菜の農園などを愛でながらひたすら細いトレッキングルートを歩くこと1時間と少し。長い坂を上り終えてようやくたどり着いた修道院。チャペルへつながる橋の前では、香港の花バウヒニアが満開で出迎えてくれました。

人の気配のまったく感じないチャペルのドアを『失礼します…』と小声でつぶやきながら開けてみると、難なく開き、その先には厳かな空間が広がっていました。空気まで澄んだような空間です。失礼して1枚だけ写真を撮らせていただきました。

それにしても困った。敷地内のどこへいっても人がいない。鳥のさえずりと風の音しかしない。「クッキー販売所」なんて案内が出ているわけもなく、そのことについて質問する対象すらいない…。
ボーッとその場に立ちつくすこと15分あまり。困り果てていると、カンカンカンと何かを修理するようなトンカチの音が微かに聞こえました。
その音のする場所へ向い、すがるように「んごーい!」と声をあげると、Tシャツに作業ズボン姿のひとりのおにーさんがゆっくりとした動作で出てきてくれました。広東語も英語も通じない様子ですが、なんとか「クッキーが欲しい」と伝えてみると、スッとおにーさん自身を指差します。
え?このおにーさんがクッキー販売担当ってことなの!?
販売場所まで案内してくれる様子で「ちょっと待て」とジェスチャーすると、おもむろに白い布をまとい始めました。
はぁぁぁぁ!!!???
なんとその全身をすっぽり覆う白い布は修道服、彼も修道士なのでした。何かのリペアマンだと完全に思い込んでいた私たち。反省!
彼に導かれ、集会所のようなところへ通され説明を受けたのですが、どうにも言葉が通じない…。よく聞いてみると「中国語しかわからない」とのこと。その中国語もかなり訛りがきつく、あえて言われなければ中国語とわからないほどでした。どこから修行にいらしているのかなぁ。しかし会話が成立しないんじゃ困ったわ~。
と、そこへひょっこりと現れたのがひとりのおじさま。さっきまでは人の気配皆無だったのに、助かった~。このおじさまは中国語も英語もわかるということで通訳をしてくださいました。
なになに。
「まもなく午後のミサが始まるので、修道士全員チャペルに入ってしまいます」
ふんふん。
「なので、クッキーの販売はそのあとになります」
ほうほう。
「30分くらい待ってもらえますか?」
はいー。
無問題です。こんな環境のいいところならいくらでも待てます~。
じゃぁ、とイスに座って待たせてもらおうとすると、おじさまが加えて言いました。
「せっかくだから一緒にミサに出ましょう」
は?はいーっ???
こんな煩悩の塊が荘厳な場所に入っていいんでしょうか?(さっき入っちゃったけど)
浄土真宗の読経ができちゃう私ですけど、ミサに出席しちゃてもいいんでしょうか?
あわあわとしている間にミサの時間となりました。おじさまもさきほどの修道士のおにーさんもチャペルへ向わねばなりません。その流れで私たちも先ほどの橋を渡って、ミサ参列者としてチャペルへ…。(えええー!)
席につき、おじさまに「今日は賛美歌の○番と△番、それから教本のここをやるから…」と説明を受けていると軽い衣擦れの音と同時に神父様が入堂してきました。出迎える賛美歌がチャペルの高い天井にこだまして、とても清らかな優しい声色で響き渡っています。
賛美歌も教本の読み上げも中国語でした。こちらの修道院の母体は中国大陸のようです。

ひとかけらの言葉もわからなかったし賛美歌も聴いたことのないものでしたが、修道士約15名、参列者5名(うち2名は私たちなので口パクだけど)による歌声のこだまが美しくてとても胸に響きました。壁や天井に反響することで、声が空気に包まれてやわらかく響き渡るんですね…。
煩悩の塊のにわか信者(エセ信者か?)も真のミサで心洗われ、幾分清らかになったよう。誘ってくださった修道士のおにーさんとおじさまに感謝しながら外に出ると、おじさまが先ほどの集会所の前で待てって、と。
指定の場所で待っていると、クッキー販売おじさん登場!わーっ!!念願のトラピストクッキーとご対面です!
お土産を含めて3箱購入しました。ついに、ついに!
通訳してくださったおじさまにお礼を言い(残念ながら例の修道士のおにーさんはミサ明けの仕事があったのか会えずじまいでお礼も言えず…)、大事にクッキーを抱えて、鳥のさえずりと風が揺らす木々の葉音を聞きながら、もと来た道を愉景灣へと戻ったのでした。
こちらが、購入したトラピストクッキーです。
1袋3枚入りで、ひと箱30袋入り35ドルでした。
クッキーの表面には「TRAPPIST LANTAO」と文字が入っています。
バターが利いていてサクサクの軽い食感。少し甘めですが、口当たりが軽いので1袋のつもりがつい2袋3袋と進んでしまうのはキケンだわ…。

クッキーが欲しくて訪れましたが、期せずして貴重な体験もさせていただきました。不躾な訪問者をやさしく迎えてくださった修道院の方に、とても温かい気持ちにさせていただきました。
実は、詳しいアクセスもご案内しようと道中の写真を撮ったりもしたのですが、あえて俗世から離脱したような場所を修行の地としているのに、「ここでクッキー買えますよ!」と俗っぽく紹介するのも憚れるゆえ、今回は紹介を差し控えたいと思います。サイトでアクセスを紹介なさっている方もいらっしゃいますので、興味のある方は検索をしてみてくださいませ。
トレッキングルート中間部にある修道院ですが、意外と皆さんスルーされてました…