プレビューのネタバレを必死に避けて、舞台に関してはまっさらな状態での観劇でした。会場に入ったとたん、緞帳代わりのスクリーンに大写しになったチラシ写真の墨絵色のIZOにびっくりし、タダでさえ緊張状態なのに、さらに心拍数が上がってしまう始末。刹那的な雰囲気も色気も殺気もみごとに写し取った写真は、何度見てもため息がでちゃう。
安政元年の安政南海地震から始まる物語。
なんちゃない! なんにもなくなっちまった!
冒頭から叫ぶ。土佐弁なんて、ドラマの中で坂本龍馬役の人がしゃべるのを聞いたことがあるくらいだから、どこまで理解できるかな…って不安に思っていた部分もあったのだけれど、不思議と分かる。薩摩弁もわかる。かなり独特な言い回しだけど、ちゃんとわかる。なんでだろう。
身分が低いからと人間扱いされず、いつ不条理な無礼打ちにされてもおかしくない環境で生きてきた男が、わずかながらも光を得たら、そのチャンスにすがりつくのは生きぬくことと同じ意味になる時代、犬と呼ばれていいように使われ、人を斬って斬った男。時が過ぎ、世の動きが変わったとたんに、捨てられ、全ての罪を着せられた男。光を得たと思ったけれど、そこには実はなんの光もなく、わずかばかりのエサで飼い殺された男。……というのが、いくつかの本を読んで抱いていた岡田以蔵でした。といっても、以蔵に関する資料はほとんど存在せず、世にある書物は言い伝えをベースにした創作だそう。
今回の『IZO』ももちろんオリジナルの創作が入っています。犬にもにも夢があり、疑心もあり、悩みもあり、淡いながらも恋心もあり。人を斬っても意味はないと言われながらも、必死に意味づけをして生きる価値を作り出していたような、そんな岡田以蔵でした。そうやって、価値を見いださないと斬れない。斬れないと言うことは、犬としてすら扱ってもらえない。犬でいられなければ、生きていけない。自分ではどうすることもできない身分の壁を、そうすることで打ち消そうとした男は、なんちゃないところから、侍になり、結局はなんちゃないところへ戻ってしまったのでした。
武市道場に入門を許され、京都に随行することになり、人を斬り、「侍なんかやめて一緒に生きよう!」と幼なじみのおみつさんに求められて苦悩し、人を騙して人を斬り、夫婦のまねごとをして杯を交わそうとうれしそうに微笑み、マンサクの花の花吹雪を静かに見上げた以蔵の、キラキラしたり幕が掛かったように暗くなったり、遠くへと思いを馳せたり近くすら見えなくなったりと変化し続ける瞳に、ぐんぐん惹きつけられていきました。
自分の死体も、流れた血も、黒い土もすべてマンサクの黄色い花びらの下に隠して欲しい、と最後に願ったのは、たったそれだけ。
慶応元年。
なんちゃない…。と言ってマンサクの花吹雪のなか消えていった以蔵の瞳は、全てを悟って澄み抜けていたように見えました。その姿がせつなくてやるせなくて涙が流れるんだけれど、でもそれだけじゃなく、以蔵が穏やかな時を得ることに安堵してしまったような不思議な涙が止まりませんでした。
カーテンコールが始まっても涙が流れちゃって、拍手はしたいわ、涙は拭きたいわで、大忙し。ずっとキャスト全員横並びでのカーテンコールの3度目。西岡徳馬さんに背中をちょいと押されて遠慮がちに一歩前に出た森田剛の、深々としたお辞儀が印象的でした。去り際にちらっと客席に見せてくれた、「剛くん」の笑顔も。
舞台に立つ役者としては当然のことかも知れないけれど、大量のセリフを覚え(それも歴史がらみのセリフを土佐弁で)、長尺で何度もある殺陣をこなし、3時間出ずっぱりなんて、相当な努力と苦労を重ねてのことだと思うのに、ちっともそんなことを感じさせないその瞬間の笑顔に、「私は、きっと、この人のことがずっと好きなのだろうな…」って、改めて思ったのでした。
土佐・京都・江戸と場所がちょくちょく変わるし、その土地の中でも場面転換が多いので、幕末の歴史のベースが頭に入っていないと物語について行きにくいかも知れないけれど、新しい「人間・岡田以蔵」は作り出されたんじゃないかな。武市半平太との確執はややソフトになっていたので、懸念されていた田辺誠一さんにまで「むむむ!」となるようなことはありませんでした!(笑) ただ、田中新兵衛との関係は、もう少し友好的であって欲しかったな……ってのは、私の勝手な解釈からの思いだけど。
パンフレットに寄せられた、橋本じゅんさんの言葉に、帰宅後にまた涙が…。
叶うなら、『荒神2』で、もう一度ジンに会いたいな。会いたい!ものすごく会いたい!「待ってろよ!」の言葉に、気分はサラサーディでずっと待ってるんだから!叶えて!叶えて!!
…って、岡田以蔵に会ったばかりなのに、ほら、すっかり贅沢なこと言うようになっちゃった(笑)
感情にまかせてツラツラ書いてしまいました。散漫な上に意味不明ですみません。
『いのうえ歌舞伎☆號IZO』、あと6回観劇予定です。なんの役に立たないこんな駄文、駄感想、また書いてもいいですか??
千秋楽、おどろきの席なんですけど。メイクはウォータープルーフ必須だわ。